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えー、まー、そのー。

こんばんは。グッナイ。ブエノスノチェス。ボンソワ。
えー。まだどれくらいの人がここを見てくれてるか分かりませんけど、旅の後半アップできていなかった写真をアップしました。広州と台北、帰国後の分です。今更ですが、よろしければご覧あれ。

帰国してからもう2ヶ月以上たちました。旅してるあいだの2ヶ月とは時間の流れるスピードがぜんぜん違います。は、早い・・・強風
前にもらったコメントで、旅してる最中はいろいろ感じるところがあるんだけど、それで自分が何を得たのか?って言われるとよくわからない、っていうのはすごくよく分かります。自分自身、旅に出る前と何か変わったのか?って考えてもあまり答えが見つからない。あと、帰ってきてから会う人会う人に「で、どうだった??世界一周!」「どの国が一番良かった?」「なにか危ない目に遭った?」「これからどうするの?」「で、『自分』は見つかった?(ナカタ風)」とかって訊かれるけど、なんだかぼんやりとしか答えられず、申し訳ない気持ちになります。もっとオモロ〜!な感じで応えられる話術が私にあれば・・・。ふとした瞬間にぶわっといろいろ思い出すんだけど、それをうまく人に伝えるのは難しい。紀行文とか書ける人はすごいや。
旅の途中に出会った人とこないだ渋谷で再会して少し話したんですが、そういうもどかしさみたいなものはやっぱり感じているようでした。そしてその人が「旅していた期間と同じくらいの期間、帰ってからいろいろ復帰するまでにかかる」というようなことを言っていて、なんだかなぜか少し安心しましたきのこレッド 私たちが旅していたのは約9ヶ月間。私がいろいろ取り戻すまでに9ヶ月くらいかかってもいいってこと?・・・だとしたら今年いっぱいくらいはかかっちゃうかもしれないな〜。都合良く考えると、それって旅の後遺症みたいなもんでしょうか。なので今年はのらりくらりマイペースでがんばっていこうと思います。そう、がんばっていこうと思ったんだけど、ていうか薄々気づいてたんだけど、私今年「前厄」撃沈なのです。年始はルアンパバーン(ラオス)に居座っていたので、もちろん厄払いしてません。最近になってまわりの人から「絶対厄払いはやっておけ!ニョロ」と言われてます。そう言われると、すごくやった方がいいような気がしてきたので、このGWは神社に行ってみようかと思います。それで結果的に良い方向に向かえればいいよねぴかぴか レッツ・厄払いラブ
| 日本 | 03:19 | - | - |
ジャッパーン
そして、杉並に引っ越してきた。平和や。
あー。もう旅から戻って一ヶ月以上たつな。
だいぶほとぼりも冷めてきました。
今は仕事を探し中。どうしようかなー。うーん。ふーん。ってな毎日。
わっせ、わっせと、働きたい。ような気がしてる。

そんな中、
「サンチャゴの市場で子供(盗人)が大人達に殴られて
血だらけで押さえ込まれてたなー。かわいそうだったなー」とか、
「バンコクでものすごい喧嘩してたなー。
椅子を振りかぶって窓ガラス割ろうとしてて、すごい迫力だったなー」なんて、
そう。まるで、映画のワンシーンみたいなのが、フラッシュ・バックして、
いきなり思い出して困る。
あれが、現実だったのかどうか?
曲がり角、曲がると、いきなり色々、自分の中に飛び込んできたな。
楽しかった。曲がり角、曲がるの。
あと、写真ってほんと狭い範囲しかとれないんだなー。ってわかった。
あと、もう思い出せないけど、色々気づいた。ような気がした。なー。

なんて、ぽかーん、としてる間に、新居探して、引越して、区役所行って、
なんだかんだで。はやいなー。死ぬ時も「あー。早かったなー」って思うかな。
ココ見てくれて、コメントくれた人、本当にありがとう。とても、楽しみでした。
コメント読むの。旅の間、基本的にはヒマだったので。寂しい時とか。
とにかく、友人達に助けられ、いろんな人に迷惑かけて、旅ができた。
すごい楽しかった。また行きたい。旅。そしたら、またココ更新します。
でも、写真とムービーの整理したら、何か乗せます。ぽろぽろと。
| 日本 | 16:01 | comments(7) | - |
いま日本です

2/22、無事帰国しました。いま日本です!富士山
とりあえず二人とも実家に帰ってます。実に9ヶ月ぶりの日本であります。香港、台湾でだいぶ帰国へのリハビリにはなっていたものの、いちいち、おー日本だな!って思ってしまう。
空港の窓口で、日本語でバスのチケット買えるヨ。「所沢まで、ください」。英語やスペイン語で言わなくても買えるもんねー(当たり前なんだけど・・)電車に乗ってても、周りの人の話してる内容が分かる!新鮮。周りの人のどうでもいい会話をずっと聞いてしまった。

実家に帰って、ごはん!和食でした。お刺身!
とりあえず、家族と話して、猫と遊んで、お風呂。湯船最高。ふかふかの布団でぐっすり睡眠。
そして次の日、昼間のんびりした後、電車に乗って新宿へ。いやぁー新宿だよ。都会だなぁ。文房具屋に行って、今年の手帳やお祝儀袋を買ったり。その後、妹の勤める美容院へ。9ヶ月間一度も美容院に行ってなくて、かなり色々とぼーぼーになっていたので・・美容室 どうにか日本人に戻してもらいました。
そしてその次の日。朝早起きして、イデミツと待ち合わせ、赤坂のホテルへ。イデミツと携帯で話すのが新鮮だ。。。
11時から、友人の結婚式祝 この式に出るために間に合うように帰ってきたのです。
良い結婚式でした、感動した!花嫁きれいだった!KくんSちゃん、おめでとう拍手 お幸せに。

色々と安心したのか、久々に、記憶が飛ぶくらい飲んでしまった・・・冷や汗


当面、実家を拠点に、部屋探しなどしたりする予定です。早く落ち着きたい。。
| 日本 | 16:21 | comments(3) | - |
台湾.中部 も、いいねぇ
台北は、本当に東京、いや渋谷みたいで居心地が良すぎるので、電車に乗って2時間ほど、台中にやってきました。台北より宿も安いし、気候も暖かく過ごしやすいです。本当、やっぱり寒いと外に出たくなくなるもんなー。気候って大事ねー。

台中に着いてとりあえず見にいったのが宝覚寺という所にいる大仏。コレすごいデカイ大仏でかなり面白かった。





ガイドブックによれば、鼻の下にすぐ鳥が巣を作ってしまうので「ハナ○ソ大仏」とか呼ばれているようで・・! 私達が見にいった時はなかったけど。写真が載せられないのが残念だわ。帰国したらアップします写真アップしました(2008/4/30)

台中に移動したのは、もう一つ行きたい街があったのです。台中からさらにバスで1時間半、鹿港(ろっこう)という所にも行って来ました。



鹿港は、昭和の日本みたいなノスタルジックな感じ。小さい路地に入りこむとくねくね曲がりくねった小路が続き、周りにレンガ造りの民家が連なっています。



九曲巷家という見所の一つで、暴風の被害などから家を守る為にくねくね道にしているとか。


東南アジアに入って、ごはんの美味しさディナーに感激したけども、中国・香港と東アジアに入って、さらにごはんが美味しくなって、台湾。もうかなり、間違いないです食事
台中でもやはりおいしいモノいっぱいで一日に何食も食べてしまう。本当ちょこちょこ食べられるって、いい。ギョウザや肉マンも1個から注文できる。台湾のごはんたちは何となくみんなレトロで可愛らしく、クウネルとかで特集したらとってもはまりそうな感じです。



ポロポロのそぼろごはんとか、豆乳やゼリーのデザート、お饅頭とか、素朴でヘルシーなのにどれも美味しい。それに量も多くないので食後膨満感に襲われずに食べられます。




そういえば、通りすがりで見つけた饅頭屋(←すごくおいしい饅頭屋だった)のおじいちゃんが日本語が出来て驚きました。とても滑らかな日本語。戦前の日本による統治の影響で、台湾では老人達の大抵は日本語が出来るらしい。それと若い子たちはかなり日本の文化に影響されていて、雑貨屋のお姉さんやネット屋のお兄さんも結構日本語できたり、と日本人旅行者にとっては素敵な環境。台湾、楽しいッス星


お茶屋さんのおじいさんも日本語ぺらぺらだった。

そしてそして、明日また台北に戻って、明後日そこから本当に日本に帰ります・・・まだ全然実感わかない!ニョロ ニョロ
| TAIWAN | 21:32 | comments(0) | - |
ふと
台北の桃園空港(タオユアン)に到着。バスで台北駅近くまで行き宿へ。
宿のオバチャンが日本語が話せ、1時間ほど捕まる。
おしゃべり好きのいいおばちゃんだ。
台湾の人々は、すごく友好的な感じ。思ってた以上です。
街並は限りなく日本の都市に近い。街の若者達も、またしかり。
御飯も文句なく美味い。オジサンがお金を落とすと周りの人が拾ってあげてた。
平和や。平和。モスバーガーもドトールコーヒーもある。
一瞬、ここは、実は、もう、日本なんじゃないか?
などと本気で疑う。

地下鉄に乗って夜市へ。夜になると店の前に、更に店が立つ。
ものすごい人。毎日こんなお祭りがあっていいですね。楽しい。
中古レコード屋に行くとJ-POPが人気だ。avexコーナーが熱い。
人混みにもまれ疲れて、宿へ戻るとおばちゃんに捕まる。
宿のおばちゃんは風水や縁起?みたいなことに詳しく、色々アドバイスをされる。
手相も見れるらしいので、長生き出来るか?聞いた。
おばちゃんの手相によると僕は空想・妄想に振り回されて
しばらく仕事は上手くいかないが、年をとってくると仕事が上手くいくそうだ。
なんか未来が明るい感じで嬉しくなった。が、長生き出来るか?聞いたんだけどな。
仕事なんてどうでもいいのに、それは教えてくれないんだな。
最後まで教えてくれなかったけど気になる。

台北は居心地は良いんだけど、刺激がなさすぎるので
電車でも乗ってどこか行こう!ということになり。行ってきます。
台湾には駅弁が売っているんだ!弁当、電車の中で食べるの大好き。
ふと気づいたんだけど。
なにかを見て、理解しようとしたり、考えたりするわけだけど。
ただ、感じるってことがあるんだな。って思たわけです。
初めて、おっぱっぴーを見たもので。コジマヨシオ?
| TAIWAN | 21:42 | comments(0) | - |
130R
いきなり視界に超高層ビル群が飛込んで来た。
バスから降りて空を見上げると空が狭い。
様々な人種と文化と思想と文化とニオイと言葉が入り乱れ、
ひとつの喧騒に飲み込まれたらこんな街になりました。
なに言ってるか分からないけど、とにかく興奮して楽しい!ってなってしまう。
東京よりスゴイってなにがスゴイのか分からないけどスゴイ街。香港。

だって宿を探してたらマンションのエレベーターからインド人が、
ギュウギュウになって降りて来るんだ。
夜中コンビニ行くと黒人さん達が、中学生みたいにコンビニの前でタムロして
缶ビール飲んでるんだ。
恥ずかしいくらいに夜景が綺麗で、
それをバックに男の子が女の子にネックレスを首に着けてあげて
プレゼントしているんだ。
でもね何で飲茶(点心)ってこんなに美味いのか?って事なんだと思う。
ガロウフウフウケンってヤムチャだよね。
恋する惑星に出てきた、ながーいエスカレーターに乗って、
僕はあの警察官になりました。
その時、僕と彼女の距離は3m。頭の中でフェイウォンが歌う。
クランベリーズが流れる。楽しいぜ。

もうちょっとココにいたいなー。なんて思いながらたった2泊の香港。
時間がないだけに散策しまっくった。
地下鉄を下りて大通りから一本、路地に入ると、
ほんとうに色んな表情を魅せてくれた。
なごり惜しいけど大陸から離れてこの旅、最後の国(国?)、台湾に向かいます。
あと少しで帰国なんて感じがしない。あと少しなんだなー。
んー、かなり好きだなー。香港。
靴がボロボロであまりにも恥かしいので買ってしまった。
| HONG KONG | 23:11 | comments(1) | - |
話題の中国にて…
英語が話せる親切なお兄さんのおかげで、南寧(ナンニン)から何とか無事夜行バスに乗って8時間程、早朝、広州(グァンドゥォン←発音が難しい)に到着。

ここでもやはり旧正月鏡もちの影響でバスのチケットは取りにくくなっていて、もたもたしてたらチケットは売り切れ、南寧で1泊しなきゃいけなくなるところだった。残り4席だったらしい。あぶねぇ。今後台湾までハードな日程なので1日でもロスは痛かったのだ。ホントあのおにいさんには多謝だわ。この旅では本当に色々な人に助けてもらってます。


それにしても広州、めっちゃさぶい。ここ3ヶ月くらいで一番寒い結晶 震えながら地図を見て目当てのホテルを探しさまようが全然見つからない。中国人に道を聞いてみても、みんな反対方向を指したりする・・ここはインドか?!
もうだいぶ日も昇り、明るくなってきてもまだ見つからない・・中国は日本より物価が安いとはいえ、ホテルはピンキリで適当にホテルに入るとめちゃ高価かもしれないのだ。しまも外国人が泊まれるホテルは限られている。
あうぅぅ、寒いし、道分かんないし、バックパック重いし、おなかすいたし・・撃沈 と二人ともギブアップ寸前であったころ、ここでもまた救世主が。ホテルの客引きのおっさんです。三ツ星ホテルのパンフ持って、すぐ近くだから行こう!的なこと言ってくる(中国語なのでニュアンスしかわからん)。そんな三ツ星なんて高いに決まってる、一体いくらなわけ?!と聞いてみたら、1部屋150元だという。今1元15円くらいだから・・え、安いじゃん、そんなら行きます・・二人とも疲れ果てていたので黙々とおっさんの後に続き、歩く。すぐそこだと勝手に思っていたが、実際はそこから15分以上歩き、連れて来られたのはほとんど広州中心街のはずれの学校?のとなりのホテル。だがホテル自体はキレイで問題なく、確かに三ツ星っぽい。エレベーターもある。レセプションもほぼ英語が通じないが、なんとかほんとに1泊150元だよね?と確認できたので泊まることにする。


部屋は一通りの設備は整っており快適。電気ポットまであるよ〜湯のみ まさか中国でこんなホテルに泊まれるとはなぁ〜良かったねぇ。とか言っていたら、よく見たら、まぁ色々しんどかったです(トイレが詰まりやすい・・そして便座がない・・暖房がないので室温10℃以下・・など唖然





さて中国といえば、やはり中華料理食事。 宿の近くにも適当な食堂があり(学生街だし)試しに入ってみると、これが間違いなく美味い。中国人いつもこんな美味いもんこんな安く食ってんのかぁ。
ごはんはかなり美味いけど、中国人の食べ方はすごいです。女の人もすごいスピードでガツガツ&クチャクチャペチャペチャ食い散らかし、ようじくわえて帰っていきます・・・びっくり あの音は拷問のようだけど、味は美味いので我慢しなくてはいけません。


でもまぁとりあえず中国で中華が食べられて満足。世界中で食べてきた中華料理の中でも、やはり中国で食べたのが一番おいしかったかも・・ぴかぴか(特に点心系!ギョウザとか!)


あとは、パンダでも見たいなぁと思ったんだけど、時間もあまりなかったので繁華街をぶらついて広州2DAYS終了。ハノイから香港まで飛行機で飛んじゃおうか?とも考えたけど、終わってみれば中国も体験してよかったな。と私は思います。なんかやっぱり言葉が全然通じないってドキドキ。南米に初めて着いた時みたいな感じ。
それとなんだかんだ言って、中国に来て、長すぎてだらけ気味だった旅がピリっと締まった感じがしたなぁ。

(ここんとこずっと写真を取込めなくて全然アップできませんでした、もう面倒なので写真ナシでお伝えします)写真アップしました(2008/4/30)
| CHINA | 13:10 | comments(0) | - |
そんなこんながありまして
スリーピングバスでハノイに到着。
真っ暗闇の中、どこだか分からない所でいきなり下ろされ、
待ち構えていたバイクタクシーの軍団に囲まれる乗客。
どうやら。宿が集中しているエリアまで5Km程あるらしい。
ありえない値段を吹っかけてくる運転手ばかり。
値切ると、「じゃ、行かない!」ときた。
寒い。暗くて地図も読めない。街灯なんてない。困った。

あぁ、今まで随分困ってきたなー。でも、なんとかなるんだよなー。
日が昇るまで後、2時間弱だしこのまま、震えて待つことに。
相変わらず、運転手がうるさい。タクシーも来ない。寒い。
運転手と僕のやり取りに、いきなりお姉さんが割って入ってきた。
しかも日本語で。「高すぎるわよ!」みたいな値段交渉を、
僕のかわりにやってくれている。

しばらく、彼らの横で震えていると、お姉さんが「私と一緒に行こう!」となる。
何故だ?「一緒に行きましょう!」とお姉さんの彼氏も登場。
突然タクシーが登場。おぉー!すごいタイミングだ!
どこに連れてかれるんだ?でも、着いていった。ワンワン。
だって、その彼氏が、僕の知り合いによく似ていたから。
車内でお姉さんと楽しくお話していると、どうやら到着。
宿もまだ営業してないが、たくさんある。とにかくタクシーから降りて、
荷物を背負う。タクシーは行ってしまった。
お姉さん達も「じゃ!気をつけてねー。ウフフ!」と、どこかへ行ってしまう。

あれ?あわてて、タクシー代を払うよ!とお姉さん達に言うが、
「いらないわよー。ウフフ!」と、受け取らない。
なんて、ことだ!ベトナム人に奢ってもらうとは!少し、否、結構疑ってたのに!
「助かりました!ありがとうございました!」と僕らは去り行くお姉さん達に叫んだ。
あー。なんて、いい人達なんだ。恥ずかしい。俺ら。
感動しながら、僕らは宿を決めてハノイの街を散策する。

中国行きのバスチケットも取れたし、先も急ぐので、
翌日、中国はピンシャンを超えて、ナンニンに到着。中国語です。広東語です。
ナンニンに到着してまだ、二人とも元気だったので一挙に広州まで行くことに。
なんとかナイトバスのチケットがとれて、バスターミナルまで向かう。
ターミナルで、この旅始まって以来の「ケンタッキー」を食べた。
懐かしい味。懐かしい店構え。激しく、旨い!と思った。
さぁ、広州へむかいます。ハフー。
| VIETNAM | 12:44 | comments(1) | - |
フエ で テト
ホイアンからバスで数時間。今度はフエへやってきました。
2008年の旧正月(テト)は2月7日。日本で暮らしてると旧正月なんて全然意識しないけど、こっちではまったくもって一大イベントです。お正月だものね。
フエに着いたのが大晦日にあたる6日。宿もなんとか確保し街に出てみるも、もうすっかり休日モードでお店なんかほとんど閉まってて。けどいわゆるヨーロッパなんかの休日のようなデスシティーな感じではなく、ほんわか正月ムードでなんだかよろしい感じでした。家族揃って正月料理のようなものをつついていたり、お飾りやお年玉袋とか売っていたり。

フエには王宮があり、大晦日の日は夜12時になると川原から花火が上がると聞いたので、早速11時ころから外へ。

王宮へ行く橋はライトアップされていてロマンティークであります。若い子らでにぎわってました。


王宮の中へ。フラッグタワーというのがあって、普段は夜そこには入れないけど今日だけは入れるらしい。みんなバイクを止めて、そこで花火を待つ。すごい人出。それにしても若い子らばかりで大人はどこに行ってるんだろう?どっかで飲んでるのかしら。

そして12時。意外にも何のカウントダウンもなく、いきなり花火がドドーン!みんなワーキャー言って盛り上がりました。なんか平和よつばのクローバー 見れて良かった。


翌日、元旦にあたる7日。元旦のみ王宮内に無料で入れるので(前日にも入れちゃったけど)また行く。博物館なども無料。お正月らしくベトナム人の家族も団体で来てました。何をもってそう思うのか分からないけど、このかどまつお正月っぽい雰囲気かどまつを味わえて良かった。ラオスで年越しした時はあんまりそういう雰囲気が感じられなかったので。


フエ料理って、ベトナム国内でも人気があるようで、レストランとか楽しみにしてたんだけど、なんせお正月なのでほとんどのレストラン休みなのね悲しい

かろうじて開いてる店で食べられたブン・ボー・フエラーメン 普通よりも面が太く、スープの風味もすこぶる良い。あったまりました。

ところでフエ、連日小雨が降ったり止んだりしていて、とても寒いです結晶 久しぶりにフリースとジーパン引っ張り出してきて着ています。靴下履いてます。ハノイはもっと寒いんだろうなぁ。やだなぁぁ寒いの・・・。
| VIETNAM | 21:30 | comments(1) | - |
エール
ホイアンに着いたのが朝6:00。バスが結構、揺れたのであまり眠れなかった。
次のバスを予約すると明日の早朝が取れてしまった。(旧正月なので結構込んでる)
これで今日一日でホイアンを観光しなきゃいけない。
眠いまま、街に出て歩きまわる。眠いなー。

hurumati

ekaki

tyoutinya

faifo

歩き回っているとなんだか不思議な感じがした。
なんだ?ここは、いつだ。タイムスリップしたかのような人々の喧騒。古い街並み。
夢の中、ぐるぐる歩き回る。日本人がかつて、暮らしていた街並み。
彼らが建設した橋。日本語で書かれた提灯もぶら下がっている。
しかし眠い。眠くて仕方がないので、風呂につかってすっきりすることに。

だから宿に戻ってとにかく風呂に入った。
だって、今日の宿にはバスタブが着いているんだ。安いのに。
何日ぶりだ湯につかるの?なんていい気分で、ドキドキしながら、
つかろうとしたが、ぬるい。ぬるいわー!
いつしか、蛇口から出ているのは水。
これは、なんだ?俺のドキドキはどうしてくれるんだ?

そんな時、かつて日本人が建設した橋にかかっていた提灯の文字が思い出された。
ファイフォ!そうか!ファイフォだ!がんばれ!俺!負けるな!俺よ!
シャワーはちょろちょろ、お湯がでるじゃないか!
小さく身を縮めてなんとかシャワーを浴びながら、
僕は、昔ここに暮らした日本人たちに励まされた気がした。
| VIETNAM | 22:05 | comments(0) | - |